半年前こんなことを書いていた。

「twitterやらないんですか?」
とよく聞かれる。

答えは「No」。

もちろん興味はあるけど、これ以上細かい情報は不要。
後はお客さんの想像力に委ねることにする。

僕自身、他の人が書くブログをあまりチェックしなくなってきた。
一日は24時間。僕が自由に使える時間はあまりに短い。

出来ればもっとたくさん本を読みたい。
アウトプットばかりで、全然インプット出来てない。

たかだか半年の間で、見事にtwitter病を煩ってしまったようだ。
一日中誰かのつぶやきが気になるなんて、正気の沙汰とは思えない。

とりあえず、随分前に買ったけど読めなかった「1Q84 book3」を読み始めた。
プロが書いた、美しい言葉に溺れたい。

オープンしてから1年9ヶ月。
ディナータイムのトラットリア(着席して食事)の来客が初めてゼロだった。

ロクでもないことを書いてしまいそうだから、忘れて寝ます。

アルゼンチンに長く住んでいた方と話をしていた時のこと。
その方は、お客である僕らにアルゼンチンの魅力について熱く語ってくれた。
「毎日牛肉と赤ワインでもぜんぜん飽きなかった。むしろその美味しさに本当に感動した」
「みんな南米はどの国も治安が悪いと思っているみたいだけれど、アルゼンチンはかなり安全。首都ブエノスアイレスですら東京と同じくらいの治安ですよ」

ひとしきり語った後で、最後にこう付け加えた。
「住むならアルゼンチンですが、旅行するなら絶対にブラジルを選びます。アルゼンチンは暮らしやすいけど退屈。確かにブラジルは治安は悪いけれど、あんなに魅力的な国は他にはない。理屈じゃなく血が騒ぐんです」

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今日のバンコでの会話
「僕が若い女の子だったら、ここの扉を開ける勇気はないね。こんなおっさんが立ち飲みしてるような訳分かんない店、とてもひとりで入ろうとは思わない」

オープンしてもうすぐ2年。
水戸中の変わり者が集まって来ている感がある最近のブラックバード。
全く知らない人にはかなり敷居が高くなっている気がする。
実際に気がするだけじゃなくて、全くの新規のお客さんの足がかなり遠のいている現実がある。
売上も昨年対比を割らないようにするので精一杯。

さて、どう舵を取ろうか?

入りやすいけど退屈なアルゼンチン路線?
ガラは悪いけれど血が騒ぐブラジル路線?

答えは最初から決まっている。
どう転んでもいつかは死ぬ。
だったら、半端じゃないエネルギーを放出して、理屈じゃなく血が騒ぐような店にしたい。
若者がドキドキして入れないようなオーラを纏いたい。
それでも入ってきてしまう若者を心から受け入れたい。

机上の空論はまっぴらだ。
迷っている間にサンマは腐っていく。
そして腐ったらただのゴミだ。


南米じゃないけれど、血が騒ぐ。

「腐ってるよ!この街はよ!」

閉店後、いつものようにおどけて入ってきたかと思ったら突然泣き始めた。
いつもは親父ギャグと下ネタのばかりの人だから、びっくりした。

横を見るとタグチはモンチッチ顔でもらい泣きしていた。
フジオはいつものようにおどけてみせるが、イマイチキレがない。
僕は、泣くのは悔しいからフライヤーの油汚れをピカピカになるまで磨き続けた。
そしてみっともなく泣ける、僕よりいくつか年上のその大人を羨ましく思った。

アナタみたいな大人がいれば、もうしばらくは大丈夫。

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日に日にお客さんが減っている。
口コミと営業努力で頑張ってきたが、本気でそろそろ限界なのかも。
もう打つ手はないのだろうか?

ディナーが散々で、明日は仕入れが出来ない。
悔しいけれど、現実を受け止めなきゃいけない。

d design travel vol.4長野号の茨城コーナーの取材も兼ねて常陸大子の「器而庵」へ。

長野でのダライラマ講演の帰り。
東京へ向かう高速バスの中で急に思い立った。
「シネマブラックバードでMDFに出品しよう」
「売れるタンブラーを作って、その収益をシネブラ運営の資金にしよう」

無地のステンレスのタンブラーに、デザイナー自らひとつひとつスタンプを手押し。
デザインが映画のためにに出来ること。

全ての料理を作り終え、携帯を見るとめずらしく着信がある。
(僕の携帯はほとんど鳴らない)

「着信あり:ヒロシ」

ヒロシ?ヒロシってあのヒロシ?
コールバックしてみる。

ヒ「あー!もしもし、ケン?今どこ?俺ら新宿で飲んでんだけど、来る?」
僕「今、水戸」
ヒ「えっ?ミト?ミトって水戸?何やってんの?水戸で?納豆つくってんの?(笑)」
僕「店やってる」
ヒ「店?なに店って?」
僕「借金して独立したんだ」
ヒ「独立?マジで?スゲーじゃん!俺らさ今4人で飲んでんの。○○と○○と○○。覚えてる?」
僕「もちろん、覚えてるよ。懐かしい」

受話器の向こうからは居酒屋特有の人がうごめく音が何重にも響いてくる。生中と枝豆とナスの1本漬けと軟骨揚げと焼うどん。受話器の向こうからオタフクソースの香りがする。

全員と電話を替わり、「東京に来たら、連絡しろよ!集合すっから!」と言ってブツッと電話は切れた。

電話で喋ったのはいったいいつ振りだろう?
最後に会ったのはひょっとしたら卒業式の時かもしれない。
みんな元気そうだった。

「新宿から、随分遠くに来てしまった」

距離の問題ではない。
僕はなぜこの田舎でこんなにギリギリまで働いているんだろう?
不満はまったくない。
本当に、よくここまでたどり着いたと思う。

ただ可能性について考えると、2秒くらい思考停止してしまうだけだ。

ディナータイムの客数、3人。(トラットリアのみカウント)

がんばれよ!ブラックバード!

30分前。
Twitterの@_ooze さんのツイート。
僕に向けてではなかったけど、僕が拾わずに誰が拾う?の内容。

50 年後、チェーン以外の飲食店はほとんどが立ち行かなくなっていくんじゃないかとちょっと思ってる。今の20代以下は、インスタントのベビーフードから始まって、FFとファミレスとコンビニ弁当と冷食とで育った世代じゃないかな(きちんと食育された子も当然いるだろうけど)。

総じて食に対する欲求が薄いのは、物心ついた頃から不景気ってのもあるかな。最初から望まない、関心を持たない、そういうところはないだろうか。欲求が薄く味覚も鈍いという人が主流層になったら、どれほどの有名フレンチでも生き残れないと思う。その値段に見合う価値を見出す能力の有無の問題。

……なんかうまくまとまらん。このへん保留にしとこ。おやすみなさい。

まったく恐ろしいこと言いますね。
僕の心が読めるみたいじゃないですか。

「最初から望まない、関心を持たない」

そしてこれは飲食だけではなく、ありとあらゆるサービス業が抱える問題でもある。

お腹が一杯になればいい(飲食業)
寝れればいい(ホテル/旅館/マンション)
着られればいい(アパレル)
走ればいい(自動車業界。特にスポーツカー、高級車)
映画?DVDになるまで待つよ(映画業界)

文化は少しずつ変化していくから一度形成されてしまうとなかなか元には戻らない。
南極の氷河よりずっとずっと早く、文化の氷は溶け始めている。

「コーヒー?ネスカフェで充分」
「パスタ?最近のレトルトレベルチョー高けーよ!」
「魚?なんか食うのめんどくせ」
「旬?日本に四季があった時代の話でしょ?」
「ワイン?ビール?酔っぱらうのって、恥ずかしいおっさんがすることだよね」

もの凄く残念だけれど、もう始まっている。
一部の食のエリートだけを相手にするには、地方都市は人口が少なすぎる。
店が潰れて、50代半ばでファミレスでバイト→27歳の《デキル》エリアマネージャーにヘコヘコ頭を下げ→コンベクションに突っ込むだけのパスタを作るなんてまっぴらごめんだ。

(半分昨日の続き)

演歌が今後どうなっていくのかに興味がある。

メインのファン層は60代以上。50代でギリギリ。40代で演歌好きの人は1000人に一人くらいか?(僕の予想です。あしからず)。要するに日本の平均寿命からすると、新規開拓が全く出来てない演歌というジャンル(「黒人が演歌歌ったじゃない」はやめて下さい。申し訳ないけれど、あれをカウントする訳にはいかない。)は必然的にあと50年もたないということになる。そして、未だに演歌歌手がトリをつとめる「紅白歌合戦」も同様だろうと僕は思う。

ブラックバードには若い客があまり来ない(「失礼な!ワタシまだまだ若いのに!」というツッコミはご遠慮ください。ここでは若い=20代以下させていただきます)。僕の主観で平均すると、常連さんの平均年齢は僕より上だ。ということは・・・。

HMV渋谷が閉店する時代だ。何が起きてもおかしくはない。
その上、美味しい料理やお酒に関心を持つ若者の絶対数は確実に減っている。

そう。このまま何もしなければ、ブラックバードは演歌と同じ道のりを辿ることになる。
大袈裟な話ではない。
このままでは50年どころか、10周年を迎えることすら危うい。

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やはりこの人の考え方には共感出来る。
「誰がやっているとか、どこからお金が出ているとか、もうそういう次元じゃないんだと思う。結果として何が出来たのかしかお客さんには伝わらないんだから。お金をかけて優秀なスタッフが考えてそこから紡ぎだされる商品がどれだけお客さんのもとに届くか、結果お客さんにどんな思いを抱かせられるか、そこに尽きると思うんですわ」

本当の本当にその通り。
メジャーだとか、インディーだとかそういうくくりは本当に関係ないし、無駄。