二十歳くらいの頃からだろうか。

気づけば「必要なもの」と「必要でないもの」をはっきりと区別する癖がついていた。
いちばん分かりやすいのがテレビ。
ブラックバードでいえば冷凍庫。

「テレビがない?なんで?」
「冷凍庫がない?嘘でしょ?」

必要ないものをはっきりすると、逆にそれが特長になる。僕はダブというジャンルの音楽からそれを学び、生活に取り入れていった。ダブとは「引き算の美学」、そういう音楽だ。

地震の後、「必要なもの」がはっきりと浮かび上がってきた。

家族、スタッフ、店、地域、水戸、茨城、日本。
水道、電気、ガス、ガソリン、住居、生活、安全。

相変わらず、テレビは「不必要」。
予想外にtwitter、ラジオが大活躍で「必要」に。

「エコ」「地球に優しく」「LOHAS」どんなスローガンを掲げても実現出来なかった「逼迫したエコライフ」を、僕らは想像絶する痛みと共に手に入れた。おそらく、喉元過ぎても忘れられない記憶として残る。節電は日常になり、きっとその暮らしは日常になる。ライフスタイルは大きく変わる。

震災後、お客さん同士が(初対面の人でも)今まで以上によく語っているように思う。譲り合っているように思う。分け合っているように思う。僕自身も(主にtwitterを通じてだけれど)今まで繋がりが無かった水戸の飲食店さんと会話をするようになった。
同じ痛みを背負うことで、今までとは違う何かが既に生まれている。
(別に僕が言わなくても、いろいろな所で既に言われている気がするが)

頑張ろう、水戸。
頑張ろう、茨城。

そんなこっぱずかしいことも、自然に言える。
それだけでも、大きな進歩だと思う。

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ダブと言えば、ミュートビート
曲はチェルノブイリ原発事故をモチーフにした「キエフの空」