1999/03/17 晴れ

バイトが終わっていつもの様に歩いて帰っていると不意に電話が鳴る。ほとんど使うことが無く、飾りの様にもっていた携帯電話。出てみると時々恵比寿のMILKでやっていたロックイベントで知り合った友人からだった。

「なに?どうした?」

「びっくりするなよ。・・・。佐藤伸治が昨日亡くなったらしい」

「・・・。なにそれ?」

 

1999/03/21 雨

朝から強い雨。地下鉄を不慣れに乗り継いで、葛飾区の護国寺に行く。駅を降りると、雨は更に激しさを増している。あらかじめ調べてきた護国寺までの道のりをたどりながら、先週出たばかりの初期のベストアルバムをディスクマンに入れ、耳がじんじんするほどの低音でフィッシュマンズを聴く。ヘッドフォン越しの佐藤の声は相変わらず力強く、僕は本当によく分からなくなる。佐藤伸治が死んだ。昨年末の赤坂ブリッツの2DAYS(当然僕は両日行った)であんなにとんでもないライブをやってのけたバンドのボーカリストが死んだというのだ。享年33歳。死因は風邪による心不全。オフィシャルサイトのBBSは荒れに荒れ、「実は癌だったらしい」「ドラッグ中毒だったらしい」等、いろいろな書き込みで溢れた後、とうとう何日後かには閉鎖されてしまった。

護国寺に近づくにつれて「ファンなんだろうな」という感じの人で溢れていて、当然のことの様にみんなうつむいている。手に花束を持っている人や、既に泣き出している人が何人もいる。

「佐藤伸治の音楽葬にお越しの方はこちらにお並びくださーい」と事務所のスタッフとおぼしき人が大きくもなく小さくもない声で言っていたのでよく分からないまま最後尾に並ぶ。僕が持っていたビニール傘じゃ全く役に立たないほど雨は降り続き、ジャケットの左袖は既にびしょびしょで、厚着をしてきたのに少し寒気を覚えた。

ゆっくりゆっくりと進む列に並びながら、いろいろなことが頭をよぎる。

フィッシュマンズとの出会いは1997年6月で、確か何かの雑誌でUAが今一番好きなアーティストにフィッシュマンズを挙げていたのがきっかけだったように思う。最初に聴いた「空中キャンプ」にびっくりした僕は翌日「ロングシーズン」を、そして翌月発売された「宇宙 日本 世田谷」聴きその世界に一気に引き込まれてしまう。僕は当時20歳(ちなみに第一回目のフジロックに行ったのもその年の7月)。歳の割にはいろいろ聴いてきたつもりだったが、彼らの出す音は今まで聴いたものとどこか異質なものだった。耳を澄まして聴いていないと聞き取れないほどの静けさ。ファルセットを多用し、縦横無尽に変化するボーカル。ちゃちなヘッドフォンだとすぐに音割れしてしまうくらいのベース。8ビートをただなぞっているだけでオカズもほとんど入らないドラム。パーツだけとってみればどう考えても退屈にしかなりようのない音。なのに僕は一瞬で心を奪われ、佐藤が亡くなり、フィッシュマンズが事実上終了するまでのほとんどのライブに足を運び、ありとあらゆる音源/インタビュー/ディスクレビューを探し求めた。

簡単に言ってしまうと、出会ってから佐藤が亡くなる2年弱(つまりは大学3年〜4年という僕の人生における一番大切な2年弱)はフィッシュマンズのことを考え、フィッスマンズと共に生きた時期だった。そしてそれは唐突に、しかもこれ以上ない悲劇を持って終わってしまった。当時の僕といえば、大学をかろうじて4年で卒業をしたものの、その3月から僕は今まで働いていた居酒屋を辞め、同じ国分寺の創作料理屋でバイトを始めたばかりだった。

葬儀の会場の中に近づくと音楽が聴こえてくる。どうやら、中で楽器を演奏しているようだ。「BABY BLUE」が聴こえてきた時、当然のことのように涙が出た。入口で白い花(何の花だったんだろう?)を一本受け取って、佐藤の遺影の前に献花する。佐藤は笑っているのか、不機嫌なのか、よく分からない顔をしている。左側では今までフィッシュマンズに関わったメンバーがほぼ全員集まって何度も何度も聴いた曲を演奏している。立ち止まって聴いている人も何人かいたが、僕は聴いていられなくて足早に会場を後にすると、午後からは国分寺にあるバイト先でいつもの様に働いた。

それから何ヶ月か、僕はほとんど誰にも会わず(それまでも自分から積極的に人に連絡したりはしないほうだったけど)、家と職場とを往復して空いている時間にはひたすら本を読み、音楽を聴く生活を続けた。フィッシュマンズみたいなバンドがいるらしいという情報があればCDを買い(大半は失望)、なんどか行われた追悼ライブにも足を運んだ。普段も、フィッシュマンズの話を誰かとすることはない。ライブもほとんど一人で行っていたし、いつも一人でヘッドフォンで聴いていた。そして、何ヶ月かしてようやく分かった。

もうフィッシュマンズはいない。

でも音源は残る。

 

とっても好きな曲がある。他人が書いた歌詞で自分を表現するというのはあまり好きなやり方ではないけど、今日ばかりは許して欲しい。

 

音楽はなんのために 鳴りひびきゃいいの

こんなにも静かな世界では

こころふるわす人たちに 手紙を待つあの人に

届けばいいのにね

驚きの顔 しみわたる声 飛び交う歌

ホラ こんなに伝えたいのに ねえ

新しい人 格好悪い人 ねえ 呼んで 呼んで 呼んでよ

やさしい人 みっともない人 ねえ 呼んで 呼んで 呼んでよ

(「新しい人」一部抜粋)

自分の店にはいろいろな人に来て欲しい。僕はこの曲を聴いて、ずっとそういう風に考えていた。

こころふるえるようなことなんてそんなに沢山ないかもしれないけど、でもまだ諦める訳にはいかない。

 

2009/03/15

佐藤が死んで、今日で10年。

そして僕は今年の10月、33歳になる。