9月8日

大好きな文章です。
少々長いですがおつきあいください。

「30年以上前、初めてヨーロッパへ旅をした帰りのことです。マルセイユで数週間待たされた後、帰国の船に乗った私は、象牙海岸、ケープタウン、マダガスカルに立ち寄り、インド洋を横切ってボンベイで船を降りました。そこから何かに導かれるように汽車に乗り、聖地ベナレスに向かいました。
ガンジス川では大勢の人びとが沐浴をしており、その横を牛が泳ぎ、岸では死者が荼毘にふされています。異様な臭い、強烈な太陽、果てしなく続く荒れた大地、人間の『生』全てがむき出しにされたその混沌とした世界に圧倒されながら、私はガンジス川の岸辺に一人坐り込み、生きるとはどういうことなのかを自問し続けました。
インドの人々にとっては死は恐るれるべきものではないという。死は生のために、再び生まれてくるためにあるという。そこは生と死が渾然一体となってある場所でした。
逃げ出したいような気持ちを必死にこらえてそこに坐り続けました。やがて自分を外から見つめているような不思議な感覚にとらわれるようになり、自分の中で何か吹っ切れたような思いがしました。
人生という者は所詮どちらに転んでも大した違いはない。ならば闘って、自分の目指すこと、信じることを貫き通せばいいのだ、と。闘いであるからには、いつか必ず敗れる時が来る。その時は自然に問うたされるのに任せようと思いました。それは『自分の本職をもって、自由を奪うものに対して抵抗していこう。自分を信じ、自分の責任で、自分の力で社会と闘っていこう』というゲリラとしての生き方を選んだ自分への意思表明でした。1965年、私は24歳でした」(安藤忠雄著:建築を語るより引用)

2000年、僕は25歳の時にこの文章に出会いました。

それまで漠然と「カフェでもやりたいな」と思っていた(当時は未曾有のカフェブーム。僕にだってそういう時期はあったのです)のですが、この安藤さんの言葉を読んで大きく変わりました。

『もう一度料理を一から勉強し直そう。コックとして恥ずかしくない自分を磨き上げよう』と。

自分の本職をもって、自由を奪うものに対して抵抗していこう。自分を信じ、自分の責任で、自分の力で社会と闘っていこう