6日目
7:00
どうやら大丈夫だったようだ。寝過ぎで腰が痛かったけど、熱が上がらなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。今日一日なんとかやれそうだ。朝食はアキが買ってきてくれたカプチーノとブリオッシュ。それから昨日僕が寝ている間に買ってきたカンノーリという甘くしたリコッタチーズのスイーツ。なんと1個1000キロカロリーもあるという恐るべき食べ物だが、実際に食べて見るとそんなに重くない。リコッタチーズがふんわりしてとてもおいしい。
レンタカーの予約は11時だから早めにパッキングして、空いた時間でドゥオーモを見に行こうということになる。

9:30
とりあえず、いつも通り市場へ。市場にはこの島の人々の暮らしが本当に良く表れている。この時期のこの地方でなにが収穫できるのか?イタリアに行こうと決めた時、迷わずシチリアに決めたのは、海に囲まれ豊富な魚介を使った料理がblackbirdの方向性とぴったりだったからだ。もう少し時間があったらこの食材を使って料理をしたかったが、今回は見て食べることに専念することに。それだけでも本当に勉強になる。







10:30
ドゥオーモ(大聖堂)に到着。ミラノのドゥオーモよりずっとこじんまりしていたが、親しみの持てるとても素敵な作り。天井が高く、ステンドグラスから漏れる光がすごくきれいでしばらく眺める。ただ積んであるだけの椅子でさえかっこよく思える。宗教的なことは分からないけど、この建物には人の心を動かす何かがやっぱりあるように思えた。そしてそれは極東から来た異人種の僕が見てもはっきりと感じられるほど強いものだった。



11:30
予定より少し遅れて宿を出発。目的地であるエトナ山の麓、ソリッキャータまでは車で3時間の道のり。果たして運転できるんだろうか?無事にたどりつけるのだろうか?
レンタカーオフィスまであと200m、アキのこの一言が僕たちの旅を大きく変えることになる。
「国際免許、持ってるよね?」
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2008/10/21 20:00 Mito(Tokyo)
※出発の前日。パッキング中。
「大切な資料は全部あたしが持っていくから、ケンくんはパスポートだけもっててね。分かってると思うけど、絶対無くさないでね。それと、出発前にもう一回指差し確認しなきゃね。まぁ、パスポートとクレジットカードさえあればなんとかなるんだけどね・・・」
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僕「えっ?だって預けてたじゃん。俺パスポートしかもらってないよ」
アキ「えっ?そうなの?あたし・・・、だめだ、ぜんぜん記憶がない。日本を出てからバッグの中で国際免許見てないもん」
僕「とりあえず、AVIS(レンタカー屋)行って、バッグの中もう一度見てみようよ」
※AVISのオフィスの中。以下、全部英語でのやりとり。
アキ「予約した沼田です」
受付「お待ちしておりました」
アキ「それが、国際免許を日本に忘れてきた可能性があるので一度バッグの中を調べてもいいですか?」
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僕「だめだ、やっぱりないよ」
アキ「どうしよう!あたしのせいだ。大失態じゃん!」
僕「とにかく、まだお昼だし、ソリッキャータにたどり着くための方法を考えようよ」
アキ「・・・、ごめん。そうだね。なんとかするしかないもんね」
僕「僕が娘と荷物を見てるから、バスの時間を調べて来なよ。カターニアまで1時間ってことは乗り継ぎ考えても十分間に合うはず。とりあえずAkiさんに電話して事情を話そう。いい案が出てくるかもしれない。」
12:40 Siracusa
※海辺のベンチ。娘と2人でアキの帰りを待つ。
娘「ママ、遅いねぇ」
僕「うん、でもそのうち来るよ」

13:00
アキ「14:40のカターニア行きに乗れば、カターニアから17:30発のソリッキャータ行きに乗れるはず」
ここまできたら焦ってもしょうがない。時間までバールでお昼を食べることに。ターボラカルダ(出来合いのお惣菜)は嫌だったが、そんなに時間があるわけでもないし、なにしろ荷物が重いから、マレーナ門近くのBARでツーリストセットを食べる。前菜盛り合わせ、サラダ、パスタかピッツァ、カフェで9ユーロ。前菜は、まあまあ。パスタ、ピッツァは問題外。食えなくはないけど、これならパニーノ食ってた方がまし。そういえばシラクーサでは美味いパニーノ屋に出会わなかったな。ミラノのパニーノが懐かしい。英語が通じるミラノが懐かしい。
14:00
プルマン(長距離バス)乗り場まで市内を走る無料バスで行く。たったそれだけのことなのに「言葉が通じないとどれだけ苦労するか」を思い知る。僕よりずっと英語もイタリア語も理解するアキが奔走し、どうにか乗り場までたどり着く。
14:50
カターニア行きのバスが出発する。なんとか第一関門は突破したようだ。バスからの荒涼とした景色がちょっと不安を募らせる。


15:45
カターニアの中央駅でバスを降りる。降りたバス停はバス乗り場でもあり、シチリア各地に向かうバスでごった返している。さて、どこのどのバスに乗ればいいのか?最初は荷物を抱えたままいろいろな人に聞いて回っていたが、どうにもらちがあかない。またしても、安全そうな場所で僕と娘は待機し、アキが調べてくることに。
17:10
娘「ママ、遅いねぇ」
僕「そうだね、遅いね。でも大丈夫だよ。すぐ戻ってくるよ」
17:20
※バスの発車予定時間まであと10分。
アキ「ダメ。全然分からない。誰に聞いても違う答えばかり。バスの切符売り場、運転手ですら全く違うことを言ってくる。どうしよう・・・。Akiさんに電話して、バス会社の時刻表を今調べてもらってるんだけど、それでも間に合わないかもしれない。ちょっと、もう一度見てくる」
17:30
辺りはだんだん暗くなりはじめる。それと同時にいろいろな不安が現実になり始めていることに気づく。この時点で僕たちに残された選択肢は二つ。
1)バスに無事乗れて、AkiさんとFrankのいるソリッキャータにたどり着く。
2)バスを諦めて、カターニアでホテルを探す。
どっちにしても早く動かないと日が暮れてしまう。シチリア第2の都市、カターニアは海沿いの大都市で治安が悪いことでも名を馳せている。実際、バスの中から見た市街地はとても夜ホテルを探し歩くような場所には見えなかった。しかも僕らは言葉が分からない上に、子連れの旅行者。被害にあう可能性は小さくないと判断するのが懸命だろう。
娘「ねぇ、だっだ(僕のこと)」
僕「なに?」
娘「げんきがでるようにおうたうたって」
僕「いいよ〜。なにがいい」
娘「えっとねぇ、アンパンマン!」
♪そうだ うれしいんだ 生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
なんのために 生まれて なにをして 生きるのか
こたえられない なんて そんなのは いやだ!
今を生きる ことで 熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ ほほえんで
そうだ うれしいんだ 生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため
なにが君の しあわせ なにをして よろこぶ
わからないまま おわる そんなのは いやだ!
忘れないで 夢を こぼさないで 涙
だから 君は とぶんだ どこまでも
そうだ おそれないで みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため
街全体が排気ガスに覆われたようなカターニア海辺のバス停で、沈んでいく夕日を見ながらアンパンマンを歌う親子。
「なんのために生まれて なにをして生きるのか
こたえられない なんて そんなのは いやだ!」
自分とは対極の下世話で下らない子供だましの歌だと思っていたアンパンマン。極限状態にあるとはいえ自分が歌うアンパンマンに涙するとは。でもそうなのだ。こたえられないなんて、そんなのはいやだからわざわざイタリアまで来たのだ。わからないままおわる そんなのは いやなのだ!
娘は涙を流している自分の父親をみてどう思っただろう?
勤めていた会社を退職し、田舎にUターンし、多額の借金をして、流行るかどうか全く分からない食堂をやろうとしている不安。旅行の最大の目的である「フランクのワイン作りを手伝う」ことがかなわぬ夢に終わってしまうと思うと急によく分からない固まりのようなものが体の中からこみ上げてきたのだ。
18:00
感傷的になってばかりもいられない。今目の前にある危機を回避しなければ先にも後にも進めないのだ。いろいろと調べてくれていたAkiさんから電話がある。
Aki「ソリッキャータまでのバスは終わってしまっていて、その手前のリングアグロッサという街に着来てもらえれば迎えにいけると思う。」
アキ「カターニアでホテルを探して、明日そっちに向けて出発しようと思うんですが・・・」
Aki「でもカターニアは暗くなってから歩かない方がいいと思うよ」
18:10
辺りは既に真っ暗だ。Akiさんから電話がある
「今日は迎えにいけるけど、みんなが帰る日がちょうどブドウの収穫日で車で送っていけなくなりそう。手は尽くしてみるけど・・・」
うん、もう十分だろう。
僕「シラクーサへ戻ろう。あの部屋なら後何日かは泊まれるはずだから。」
アキ「・・・。そうしよう」
19:30
シラクーサ行きのバスに乗る。娘はアキの腕の中ですっかり寝ている。
アキ「もっと怒ったりしていいんだよ」
僕「・・・」
それでもどうしてもアキを責める気にはならなかった。この旅のほとんど全ての予定を立て、格安航空券の購入方法の本を買って勉強し、ネットのレヴューを見て英語で直接ホテルを予約し、ありとあらゆることをしてくれたのはアキなのだ。甘えて、頼ってしまっていたのは僕の方だ。
イタリア旅行もちょうど半分が終わろうとしているこの時、本当においしいと思えるものにありつけていないことで、僕はどこか焦っていた。そしてそれを「娘がいるからしかたない」のだと思うようにしていた。妻と2人なら行動の範囲はぐっと広がり、行きたいところへ行き、食べたいところで食べることができる。子連れでの外食は「グラスを倒して割ってしまったりはしないだろうか」「騒いで他の客に迷惑をかけたりしないだろうか」という不安が常につきまとう。東京でもそうだったのだから、外国ならなおのことだ。でもそれは最初から分かっていた。それを覚悟で連れてきたのは僕たちなのだ。シラクーサでまだやれることはある。きっとあるはずだ。
21:00
シラクーサに到着。空腹が極限に達していたので、途中のハンバーガー屋で遅めの夕食。フレンチフライをキンキンに冷えたビールで流し込むと、抱えていた不安と緊張が一気にほぐれていくのがわかる。
さて、明日はなにをしよう。
また市場に行こうかな。