今週25日水曜日は貸し切りパーティーのため、ディナータイムは立ち飲み、テラス、テイクアウトのみのご利用となります。どうぞよろしくお願い致します。
ゆうべ営業が終わってから店のストックルームを片付け、通し営業がいつ始まってもいい様にスタッフが休憩できるちょっとしたスペースを作ったり、立ち飲みのカウンターの上に置いていたスピーカーの位置をずらして少しカウンターを広げたりしていたら帰宅は3時前。
朝起きると本気で体が痛い。
滋味に溢れるものを体が欲しがっていたのでそんなときは「そばまさ」へ。
僕:天ざる(よもぎの変わりそば)
アキ:とろろそば
娘:つけうどん&けんちん汁
フジオ:カモざるそば
14時前にも関わらず店内は混んでいて少し待つ。待っている間に出てきたお客さんがblackbirdのお客さんでお互い「あっ!」と笑いあう。僕のブログを見て来てくれたのだそう。そういうのはうれしい。さらに店内に入るとあと二組見た顔が(笑)最近「そばまささんに聞いてきたんですよ」というお客さんがblackbirdにも何組か来てくれた。お互い「この人」と思うと教えたくてしょうがないのだ。下村先生もこの前行ってくれたらしい。
そしてそばは相変わらずの美味。文句のつけようがない。横でカモを食っているフジオが美味さに本気でうなっている(笑)。まかないで毎日イタリアンばかり食べているから、週の真ん中くらいになるとそばまさに行きたくてしょうがなくなる。うっすらゆずの効いたけんちん汁はもしかしたらこの世界で一番滋味深い食べ物かもしれない。またしても大満足!ごちそうさまでした。
水戸芸術館の高校生ウィークへ。若い世代に芸術館に親しんでもらおうというコンセプトで毎年やっているものらしく、ありがたいことに僕らはご招待いただいた。そして僕らが展開している「ツェ・スーメイ展応援キャンペーンを応援するキャンペーン」として会場にショップカードとblackbird newsを置かせていただいている。
会場に入るとスタッフの高校生、OBの大学生、芸術館の方々のほとんどがblackbirdで見かけたことのある方ばかり。当然顔は割れていてもの凄い歓迎を受ける。最近店によく来て下さる写真家の松本さんもいらして、高校生達と写真を撮っていた。中にはカフェがあり、芸術館に関する本がたくさん並んでいて、とってもいい雰囲気。なんだかうらやましいな。そしてこの子達は贅沢だなと思う。
「僕から料理人の方々に言えるのは、独立の際、お店の場所を探すにあたって見るべきは街の品格。自分の料理を理解してくれるインテリ階層に来てもらいたいなら、本屋をチェックすること。人文系の棚のあり、なしで大体分かります。(Esquire 日本版2008年6月号より一部抜粋)」
今の物件を探す直前に読んだこの文章のことを時々思い出す。
blackbirdのある周辺の環境は水戸芸術館、県立近代美術館、国際交流センター、市民文化センター等があり半端じゃなく文化レベルが高い。僕がこの先ずっと店を続けていくとして、10年後にメインのお客さんになるのはこの高校生達の世代だ。もちろん手放しで安心はしていられない。でも、こうして文化の芽を大切に育てて行こうという場があり、活動があるこの地に店を構えることが出来て本当によかったと思う。
店が忙しく、食材の回転がもの凄くいい。
市場での買付けの量も日増しに増え、ロスを出すリスクが減った分かなり冒険が出来る様になった。例えば今日のランチパスタ
・アオヤギ(貝)と聖護院カブのペペロンチーノ
むき身のアオヤギがあったから、先日そばまさの平塚君にいただいたカブを合わせてみた。アオヤギのコリコリした食感と、煮くずれるギリギリのカブのホロリとした食感が楽しい一皿。味のベースはアンチョビ。隠し味にタプナードを小さじ半分。
・ヒイカとスナップエンドウのトマトソース
柔らかく味的にはヤリイカに近いヒイカを2ハイ丸ごとトマトソースに。パスタが茹で上がるギリギリに鍋の中にいれ、ギリギリに火入れしたヒイカは柔らかくダシもしっかりでて美味。スナップエンドウのシャキシャキした食感がアクセント。感じない程度にオレガノを効かせてさわやかに。
とこんな感じ。朝仕入れてきたヒイカの下処理は確かに手間だけど、やっぱりその方がダントツに美味い。
以前とあるパスタ屋に行ったらランチで50種類くらいあって本気で驚いた。100席くらいあって、その分設備もスタッフも充実していたが、にしても50種類だ。管理するだけでも日が暮れてしまう。
blackbirdのランチは日替わりのパスタ2種類だけだ。オープン当初はオイル系、トマト系、クリーム系の3種類を毎日日替わりでやっていたが、途中で切り替えた。理由は
1)1時間で職場まで戻らなければならないビジネスマンが利用客の約半数のランチタイムはとにかくスピード勝負。1人で作っているため、3種類を同時に仕上げようとすると最初に仕上がった皿と最後の更にタイムラグが生じてしまう。パスタが本当に美味しい瞬間は出来上がってからほんの数分。
2)大量に仕入れることで食材原価を抑え、より良い食材を使うことができる。僕の所みたいな個人店が大手チェーン店に負けない様にするためにはとにかく質を落とさないこと。価格の落ち着いた旬の食材を使えば季節感をハッキリ打ち出すことも出来る。
なのでランチタイムに「魚介は苦手」「どうしてもクリームソースが食べたい」等あったら遠慮なく言って欲しい。ちょっとお時間をいただくことになるかもしれないが、その日ある食材でどうにでもなるし、まず満足して帰ってもらうことが最優先。
下村先生が今週一週間皆勤!!!
食事の日もあれば他で食事してblackbirdで食後酒&エスプレッソの日もあって相変わらず素敵に利用して下さる。
立ち飲みの日はフジオと雑談(フジオはかなりの雑学王、音楽、漫画からフットボール、野球、時事ネタまでなんでもいける)。
食事の日は僕の前の席に座って食材や市場、調理法、水戸の動向、人の流れ等の話(僕は無雑学王。興味関心のあることしか掘り下げない。だから基本的に無口。必然的に友達も少ない:悲)。
先生や同じくほぼ毎日来てくれるシラトリさんみたいなお客さんが来てくれると、バールの仕事というのはなかなか面白いものだなと思う。夜の常連で立ち飲み専門のタチさんも、今日お休みにも関わらず大量のCDを持って来てくれた(全部僕がお借りした:ありがとう、タチさん)。
こんな感じで人と人が交錯する場所でありたいなと思う。
来てくれる人の生活の一部になること。僕らの最終的な目標はそこにあるのかもしれない。
今日は初めての面接。
相手は最近東京から実家のある水戸に戻ってきたバリスタ。27歳、男子。
元旦に挙げた今年の目標のひとつ「バールとして昼から夜まで通し営業」を実現させるため、そしてフジオがどうしても休まなければならない時でも店を開けられるという意味でも、どうしてももう1人バリスタ必要だと思っていた矢先の出会い。
30日から研修スタート。
無事研修が終わったら、念願の通し営業が始まります。
今週はとにかく忙しい。
FMぱるるん効果なのか何なのかは分からないが、毎日大勢のお客様に来ていただいている。
あれほど忙しくなることを望んだのに、なってみると仕込みに追われる日々。
滅茶苦茶うれしかったけど、正直びっくりはしなかったかな。
えらそうなことを言うようだけど、絶対スーメイは送ってくれると思っていた。本当のうれしさは、伝わるものなのだ。
送ってくれたCDは4枚。ジャンル的にはかなりいろいろだけど、どれもまっすぐ筋が通っている感じ。一言でいうと「浮遊感」。ちょっとしたノイズや効果音、ストリートレコーディングがやっぱりスーメイっぽい。僕的にはど真ん中だけど、ちょっととんがっていて内向的なので店でかけることはないかな。膝を抱えてヘッドフォンで独り聴くような音楽。
毎日は怒濤の様に過ぎて行く。
僕らの仕事なんて、長時間労働でぜんぜんラクじゃない。
そんな中でこういう興奮がどれだけ僕らを救ってくれるか。
今度の休みにスーメイに送るCDを作ろう。
ランチタイム。
BGMのサンバのリズムに誘われるように次々とお客さんが入ってきて
うれしい悲鳴をあげていた私たち。
と、そこへ一つの封筒が届いた。
差出人はSU-MEI TSE。
……ツェ・スーメイ!
それは遠くルクセンブルグのスーメイから、
“Aki & Kenichi & Fujio” 宛に届いた贈り物だった。
中には、三人それぞれに宛てたメッセージとプレゼントが入っていた。
それぞれこんなふう。
Aki: ルクセンブルグの美術館のトランプ。子どもが描いた絵を使っていて
すごくかわいい。
娘用と二組入っていたので一つはバンコに置くことにする。
(立ち飲みついでに遊んでみてください。)
Fujio: スーメイの作品「平均律クラヴィーア曲集」のポストカード。
カードだけでごめんね、次は何か送るから、のメッセージが書いてある。
これで充分、とフジオ。
Kenichi: CD。
以前、スーメイにCDをプレゼントしていて、
We have same taste!ということですごく気に入ってくれたらしく、
今度はsame tasteのスーメイセレクト音源を焼いてくれたのだ。
早速、もらったCDをアイドルタイムにかけてみる。
やはり趣味はかなり近いらしく、「わかる」と言って満足気なKenichi。
今度は誰の曲をあげよう?という話で盛り上がる。
次の休みは、またスーメイ展を観に行こうかな。
今日は常連のリツコさんのリクエストにより、牡蠣づくしコース。
■アミューズ:生牡蠣(牡蠣、レモン、オリーブオイル)
■前菜:白魚と新ジャガのイタリアンオムレツ、カボチャのグリル、カブの低温ロースト、ブロッコリーのグリル、菜の花のフリット、ゆでスナップエンドウ
■前菜その2:牡蠣と筍のフリット
■プリモ:牡蠣とカラスミのパスタ
■セコンド:黒鯛と春野菜のグリル プッタネスカソース
■ドルチェ代わりのチーズ:ゴルゴンゾーラ、タレッジョ、ドライフィグ、シナモンローストアーモンド
おかげさまでコースは大好評。
馬鹿みたいな話ですが、僕自身料理の腕が少し上がったような気がするのと、
魚屋の吉河さんにいろいろ無理をきいてもらえるようになりました。
こんな感じで、オーダーメイドのコース/パーティお受けします。
具体的な食材名があると、僕としてもイメージしやすいです。
お酒中心なのか食事中心なのかも伝えていただけると、なおありがたいです。
芸術館友の会の会報「TOWER」が発刊され、そこに書いた文章を読んだ方からメールが来た。評判は結構いいらしい。
ランチ後読売新聞が出している冊子、「読売タウンニュース」の取材を受ける。この前のラジオもそうだったけど、最近じゃこの手の取材は全部アキの担当。「広報」としての仕事が増えてきた。
僕らは取材中に来てくれた方に出来るだけblackbirdの本質を理解してもらおうと必死だ。結局のところひとつひとつに理由があり、それらの小さなことの積重なりで店は独自の色を持っていく。そしてこうして取材に来てくれた方に出来ることならblackbirdのファンになって欲しいという願いを込めて話をする。
夜、不思議な出会いがある。
上手くいけばもう何日かでこのブログでも発表できるかな。まったく「これはドッキリなの?」と疑いたくなるほどここ数ヶ月の僕はツイている。おかしいくらいにツイている。
1999/03/17 晴れ
バイトが終わっていつもの様に歩いて帰っていると不意に電話が鳴る。ほとんど使うことが無く、飾りの様にもっていた携帯電話。出てみると時々恵比寿のMILKでやっていたロックイベントで知り合った友人からだった。
「なに?どうした?」
「びっくりするなよ。・・・。佐藤伸治が昨日亡くなったらしい」
「・・・。なにそれ?」
1999/03/21 雨
朝から強い雨。地下鉄を不慣れに乗り継いで、葛飾区の護国寺に行く。駅を降りると、雨は更に激しさを増している。あらかじめ調べてきた護国寺までの道のりをたどりながら、先週出たばかりの初期のベストアルバムをディスクマンに入れ、耳がじんじんするほどの低音でフィッシュマンズを聴く。ヘッドフォン越しの佐藤の声は相変わらず力強く、僕は本当によく分からなくなる。佐藤伸治が死んだ。昨年末の赤坂ブリッツの2DAYS(当然僕は両日行った)であんなにとんでもないライブをやってのけたバンドのボーカリストが死んだというのだ。享年33歳。死因は風邪による心不全。オフィシャルサイトのBBSは荒れに荒れ、「実は癌だったらしい」「ドラッグ中毒だったらしい」等、いろいろな書き込みで溢れた後、とうとう何日後かには閉鎖されてしまった。
護国寺に近づくにつれて「ファンなんだろうな」という感じの人で溢れていて、当然のことの様にみんなうつむいている。手に花束を持っている人や、既に泣き出している人が何人もいる。
「佐藤伸治の音楽葬にお越しの方はこちらにお並びくださーい」と事務所のスタッフとおぼしき人が大きくもなく小さくもない声で言っていたのでよく分からないまま最後尾に並ぶ。僕が持っていたビニール傘じゃ全く役に立たないほど雨は降り続き、ジャケットの左袖は既にびしょびしょで、厚着をしてきたのに少し寒気を覚えた。
ゆっくりゆっくりと進む列に並びながら、いろいろなことが頭をよぎる。
フィッシュマンズとの出会いは1997年6月で、確か何かの雑誌でUAが今一番好きなアーティストにフィッシュマンズを挙げていたのがきっかけだったように思う。最初に聴いた「空中キャンプ」にびっくりした僕は翌日「ロングシーズン」を、そして翌月発売された「宇宙 日本 世田谷」聴きその世界に一気に引き込まれてしまう。僕は当時20歳(ちなみに第一回目のフジロックに行ったのもその年の7月)。歳の割にはいろいろ聴いてきたつもりだったが、彼らの出す音は今まで聴いたものとどこか異質なものだった。耳を澄まして聴いていないと聞き取れないほどの静けさ。ファルセットを多用し、縦横無尽に変化するボーカル。ちゃちなヘッドフォンだとすぐに音割れしてしまうくらいのベース。8ビートをただなぞっているだけでオカズもほとんど入らないドラム。パーツだけとってみればどう考えても退屈にしかなりようのない音。なのに僕は一瞬で心を奪われ、佐藤が亡くなり、フィッシュマンズが事実上終了するまでのほとんどのライブに足を運び、ありとあらゆる音源/インタビュー/ディスクレビューを探し求めた。
簡単に言ってしまうと、出会ってから佐藤が亡くなる2年弱(つまりは大学3年〜4年という僕の人生における一番大切な2年弱)はフィッシュマンズのことを考え、フィッスマンズと共に生きた時期だった。そしてそれは唐突に、しかもこれ以上ない悲劇を持って終わってしまった。当時の僕といえば、大学をかろうじて4年で卒業をしたものの、その3月から僕は今まで働いていた居酒屋を辞め、同じ国分寺の創作料理屋でバイトを始めたばかりだった。
葬儀の会場の中に近づくと音楽が聴こえてくる。どうやら、中で楽器を演奏しているようだ。「BABY BLUE」が聴こえてきた時、当然のことのように涙が出た。入口で白い花(何の花だったんだろう?)を一本受け取って、佐藤の遺影の前に献花する。佐藤は笑っているのか、不機嫌なのか、よく分からない顔をしている。左側では今までフィッシュマンズに関わったメンバーがほぼ全員集まって何度も何度も聴いた曲を演奏している。立ち止まって聴いている人も何人かいたが、僕は聴いていられなくて足早に会場を後にすると、午後からは国分寺にあるバイト先でいつもの様に働いた。
それから何ヶ月か、僕はほとんど誰にも会わず(それまでも自分から積極的に人に連絡したりはしないほうだったけど)、家と職場とを往復して空いている時間にはひたすら本を読み、音楽を聴く生活を続けた。フィッシュマンズみたいなバンドがいるらしいという情報があればCDを買い(大半は失望)、なんどか行われた追悼ライブにも足を運んだ。普段も、フィッシュマンズの話を誰かとすることはない。ライブもほとんど一人で行っていたし、いつも一人でヘッドフォンで聴いていた。そして、何ヶ月かしてようやく分かった。
もうフィッシュマンズはいない。
でも音源は残る。
とっても好きな曲がある。他人が書いた歌詞で自分を表現するというのはあまり好きなやり方ではないけど、今日ばかりは許して欲しい。
音楽はなんのために 鳴りひびきゃいいの
こんなにも静かな世界では
こころふるわす人たちに 手紙を待つあの人に
届けばいいのにね
驚きの顔 しみわたる声 飛び交う歌
ホラ こんなに伝えたいのに ねえ
新しい人 格好悪い人 ねえ 呼んで 呼んで 呼んでよ
やさしい人 みっともない人 ねえ 呼んで 呼んで 呼んでよ
(「新しい人」一部抜粋)
自分の店にはいろいろな人に来て欲しい。僕はこの曲を聴いて、ずっとそういう風に考えていた。
こころふるえるようなことなんてそんなに沢山ないかもしれないけど、でもまだ諦める訳にはいかない。
2009/03/15
佐藤が死んで、今日で10年。
そして僕は今年の10月、33歳になる。
