3月31日(水)
北海道産アイナメ

そして、朝堀筍、そら豆、そばまさの大将に貰った赤ネギ。
これらを全部フリットミストに。

筍を煮ました。

黒板の全貌はこちら。

3月31日(水)
北海道産アイナメ

そして、朝堀筍、そら豆、そばまさの大将に貰った赤ネギ。
これらを全部フリットミストに。

筍を煮ました。

黒板の全貌はこちら。

3月31日(水)
おはようございます。今日は3月最終日、明日から新生活の方もいらっしゃるでしょうね。新しい職場、新しい環境…早く慣れて楽しく過ごせますように。
さて、今日は魚介の仕入れはありません。昨日の仕入れ情報をご参照ください。
ランチはこちら。

うちの娘は明日から新しい保育園です。通算4つ目の園になります。転々としてるなぁ。本人は次の園を楽しみにしている様子だからよいけれど。というわけで我が家も明日からプチ新生活です。
ここ何日か、とても静かだ。
そんな時決まってこの台詞を思い出す。
「う〜ん、水戸の人は飽きっぽいからね。3ヶ月で飽きられるよ。気をつけてね」
テンション上げていかなきゃいけないのに、体調も緩やかに下降気味。
今日、遊びに来ていた同業者の方に言われた。
「ブログ、よく続きますね。市場通いも。だって、普通仕事終わったら飲みに行ったりしません?」
「・・・。おっしゃる通りです」
とは答えたものの、僕は昔からみんなでワイワイ飲みに行くより(決してそれもキライではないのだけれど)、家に帰って一人で音楽を聴きながら本を読む方を好んだ。周りからすれば、気取った行為かもしれないけど、人には向き不向きがある。23〜5位までは、夜だけ働いていたので、夜中に帰宅して、ソファーに座って本を読みながら毎日朝日を見ながら寝ていた。当時は携帯も、ネットも、チャットも、ブログも、ツイッターも、i-Phoneどころかi-Podも、何にもなかったのが良かったのだろう。好きなだけ本を読み、音楽を聴き、映画を観た。今は、その時の文化的貯金で食いつないでいるようなものだ。「だからなんだ!」と言われればそれまでだけれど、いい時期を過ごせたなと思う。情報はまだ限られていて、読むべきもの、聴くべきもの、観るべきものはまだそんなに多くはなかった。結局どんなに便利になって、どんな情報も検索すれば出てくるようになっても、人が消化出来る情報なんて限られている。結局、便利さは混乱を招いているだけなのだと思う。何でもあって、なんでも選べるのに、だからこそ選べなくなって、思考停止して、結局みんなマクドナルドに行く社会。狂ってる。
twitterのtrattoria blackbird公式アカウントを設定しました。
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下記のアカウントは個人的に使うものになりますので、フォローされている方はお手数ですが、上記のアカウントのフォローもお願い致します。
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ブログを世界一効果的に活用しているトラットリア(当社比)を自認しているブラックバードだからこそできるtwitter活用法を現在検討中です。目標はtwitterを世界一効果的に活用している魚屋のよっちゃん(既に開始10日でアカウントを二つ持っている!→@mitoyosikawa/@yocyanmatana)に負けないこと。
またな!
昨年の3月15日、こんなブログを書いた。
青臭く大袈裟な文章だが、僕の「ココロの揺れ」を文中に宿らせることは出来たと思う。
「自分の店を持つ」と決めた20歳の時から、がむしゃらに働きながらも常に先の見えない不安と隣り合わせの生活をしてきた。そして今まで以上に精神的なよりどころを音楽に求めるようになった。通っていた大学の卒業式が終わり、さてこれからという時に佐藤伸治は死に、好きで好きでしょうがなかったバンド、「フィッシュマンズ」は活動を停止してしまった。
この10年間、自分にとって3月15日は常に特別だった。お墓参りをしたことはないが、埋葬されている千葉県の方を向いて手を合わせたりしたこともあった。耳が痛くなるくらいの爆音で「BABY BLUE」を聞きながら、井の頭公園をグルグル10周くらい歩いたこともあった。
今年の3月15日、店の社員研修で長野県にいた僕は、結局一度も「その日が佐藤伸治の命日である」ということに気づかなかった。家族と家族のようなスタッフと、友人の店に遊びに行き、美味しいものを食べ、美味しいお酒を飲んだ。忘れていたこと気づいたのはその二日後だった。
なんとなく「乗り越えたのかな」という気がした。
住み慣れた東京を離れ、地元とはいえ完全にアウェーの水戸に引っ越してきて1年半。
店の経営は正直今でもギリギリなのだけれど、どうにかこうにか続けていけるだけの見通しはついたし(油断ではないのであしからず。冷静に分析した結果です)、今まで出来なかった新しいことに目を向けられるくらいの余裕も出てきた。スタッフにも恵まれ、お客様にも恵まれ、家族や親戚の理解も得て、きっと僕はもの凄く幸せなのだろうと思う。
音楽が好きなことには変わりない。
でも昔ほどの切実さで、音楽を聴くことはもうないのかもしれない。
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今日が終わっても 明日が来て
長くはかなく 日々は続くさ
意味なんかないね 意味なんかない
今にも僕は 泣きそうだよ